村上春樹『レキシントンの幽霊』感想

※引用はすべて文春文庫による

目次

あらすじ

古い屋敷で留守番をする「僕」がある夜見た、いや見なかったものは何だったのか?

椎の木の根元から突然現われた緑色の獣のかわいそうな運命。

「氷男」と結婚した女は、なぜ南極などへ行こうとしたのか……。

次々に繰り広げられる不思議な世界。

楽しく、そして底なしの怖さを秘めた七つの短編を収録。
(裏表紙)

 

 

①レキシントンの幽霊

 レキシントンに住む友人から「僕」は一週間彼の家を留守番してほしいと頼まれる。初日の夜ふと目を覚ますと階下から何やら音がする。「僕」はパジャマから着替えて階段を降りていく……。

 

②緑の獣

 夫を見送った後、庭を眺めていた妻の前に、地面から緑色の獣が現われる。家の中に妻は逃げ込むが、鍵を開けて獣は侵入する。そして口にしたのはなんと愛の言葉だった。

 

③沈黙

 「大沢さん」に何気なく「喧嘩をして誰かを殴ったことはありますか」とふとした好奇心から質問した。彼は「一度だけある」と言い、中学から高校時代の過去を語り始める。

 

④氷男

 「私」は氷男と結婚した。変化のない結婚生活に退屈を感じた「私」は「南極なんてどうかしら」と旅行をもちかける。「南極」のことばを口にしたとたん氷男の様子が変わったようで……。

 

⑤トニー滝谷

 トニー滝谷の父親は滝谷省三郎という。トニー滝谷は混血児ではない。これはトニー滝谷が生まれるいきさつから、彼が孤独を感じるときまでの物語である。

 

⑥七番目の男

 その日七番目に話すことになっていた男は、幼少時本当の弟のようにかわいがっていた”K”という少年との思い出を語る。それはある台風の日のことだった…。

 

⑦めくらやなぎと、眠る女

 いとこに付き添って「僕」は耳の病院へ向かった。そして「僕」は以前「めくらやなぎ」の話をしてくれた女性のことを思いだす。

 

KKc
 ※以下、ネタバレを含みます。

 

ネタバレと感想

 

「これまで誰かにこの話をこの話をしたことはない。考えてみればかなり奇妙な話であるはずなのに、おそらくはその遠さの故に、僕にはそれがちっとも奇妙なことに思えないのだ」

(38頁『レキシントンの幽霊』より)

 

 「僕」は幽霊のことをときどき思い出すのだが、それはあまり現実的なことに思えない。

 それは「僕」が幽霊を自身の目で確かめていないからであろう。

 「僕」は幽霊の気配を居間に感じつつも、けっして居間には入らずベッドに戻る。幽霊を見ていないことが、その過去を「遠く」感じるいちばん大きな要因であると思う。

 

『緑の獣』は

ねえ獣、お前は女というもののことをよく知らないんだ。

(48頁『緑の獣』より)

 と妻が言うように、前半と後半では妻と獣の力関係が逆転する。

 妻は獣をはじめ恐れるが、獣に対して残酷な想像をすることで、獣を消し去ることに成功する。
 ここに「女というもの」の怖さがあると思った。

 

『トニー滝谷』は

トニー滝谷の本当の名前は、本当にトニー滝谷だった。

(113頁『トニー滝谷』より)

 から始まり彼が父を亡くすまでが書かれている。
 「トニー」という名前から明るいイメージが連想されるが、そうではなく深い哀しみの物語だった。

 

名言

人生そのものに負けるわけにはいかないと思ったんです。

(81頁『沈黙』より)

 

私は未来という概念がないんです

(94頁『氷男』より)

 

私は考えるのですが、この私たちの人生で真実怖いのは、恐怖そのものではありません

(177頁『七番目の男』より)

 

めくらやなぎには強い花粉があって、その花粉をつけた小さな蠅が耳から潜り込んで、女を眠らせるの

(199頁『めくらやなぎと、眠る女』より)

 

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

 

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